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最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)49号 判決

松山市住吉町九六番地

上告人

相原国太郎

右訴訟代理人弁護士

泉田一

松山市堀之内

被上告人

松山税務署長武田兼市

右当事間の所得税更正決定等取消請求事件について高松高等裁判所が昭和三四年一一月五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人泉田一の上告理由一について。

原審の事実認定は、その挙示の証拠関係に照らしこれを是認できる。所論は判断遺脱をいうが、原審の確定した事実関係の下においては、所論のような三津浜地区としての特殊事情は原審はこれを否定した趣旨と解せられる。されば論旨は採るを得ない。

同二について。

原判決は、相原豊および相原幸子名義の別途預金の存在、所得率の著しく少ないこと等を理由として被上告人が上告人の青色申告承認を取り消したのを相当と判示しており、その説示は首肯することができる。所論は原判示に副わない事実関係を前提として原判決を非難するものであつて、採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 高木常七)

昭和三五年(オ)第四九号

上告人 柏原国太郎

被上告人 松山税務署長

上告代理人泉田一の上告理由

一、原判決に於ては上告人主張の三津浜地区に於ける呉服太物小売業者が昭和二五、六年度に於て特別に利益率が少なかつた特殊事情について何等の判断が行なわれていない。

(1) 原判決に於ては上告人の昭和二五、六年度の所得算定に於て被上告人の主張している一般小売業者に対する所得標準率をそのまま適用して売上高に之を乗じて上告人の当該年度の所得を算定している。

(2) 併し被上告人の云う所得標準率は同一業種の所得を推定する参考にはなるであろうけれども、直ちに上告人の所得が算定せられるものでない事は原審に於ても認めて居るところで、各商店の特殊事情を考慮して実際の所得は決定せられなければならぬ事は自明の理である。

(3) 然るに原審に於ては上告人の云う三津浜地区に於いて利益率が特に低かつた(売上高に対し四%)特殊事情に対し「それは一般小売業者に共通な事情であつて特殊事情にはならぬ」と故意に上告人の云う特殊事情の意を曲解して判断したか、それとも上告人の云う三津浜地区に於ける特殊事情の主張の意味がわからなかつた、何れにしても上告人の主張については全然判断が加えてない判決である。

(4) 上告人主張の特殊事情の大要は次の通りである。

(イ) 上告人は松山市に合併せられる迄は三津ケ浜町と呼び旧松山市より約三粁以上離れた漁港を中心とした町であり、松山市全体から見れば合併後も場末の町で、商業の中心は旧松山市(戦災で焼失した)である。

戦災前、又戦災後昭和二五年頃以降は三津浜地区の住民も少し良い買物は皆旧松山市に出向いて買うのが普通で上告人の店舗のある三津浜地区で買うことはほんの間に合わせに必要な品物に限られるのが常識である。

(ロ) 然るに昭和二〇年七月松山市が戦災により全焼して仲仲復興が出来なかつた時、上告人の住む三津浜地区は幸に戦災を免れた為め転住者も多く且つ戦災後物資の不足していた時は松山の中心が三津浜地区に移つた感があり、何んでも店に並べて居れば直に売れると品物が悪くてもそんな事は問題ではなく商売も活況を呈した。

当時衣料品は統制であり配給制であつた為め上告人の店舗に対する配給(実績と称し)も多く利益率も多かつたのが事実である。(此の頃の利益が上告人のタンス預金となつたものである)

(ハ) 併しこの状態は何時までも続く訳はなく旧松山市の復興は目覚ましいものがあり昭和二三、四年頃よりは逆に旧松山市に帰り店舗を開き生活をするものが多くなり三津浜地区の人口も漸減をたどり、松山市にもよい店舗が出来るようになつたので今まで旧松山市地区、其の他の地区から買いに来ていた人達も次第に数が減ずるようになり、その顧客を奪われまいとするには勢、利益を無視してもサービスしなければならなつて来た。

(ニ) 丁度此の時期に衣料品の統制が撤廃になつたのでそれまで実績により多量の粗悪品を(物品税を加算した価格)高価に仕入れていた上告人は、新規に物品税もかけられていない然も優良品を仕入れて販売する旧松山市地区の商店と競争するためには、物によつては半額、或は三、四割の損をしても売らざるを得なくなつたのでその為めに特に利益率の低下を見たのである。

此の事はただに上告人の店舗のみならず三津浜地区の同業者全体に通ずる現象であつて、否全国的に戦災を原因とする市場の変化が起つた事は共通の事情で焼け残つた地域は戦災直後は殷賑を極め其の後中心地の復興と共に没落の道を辿つた事は共通の事実と云い得ると思う。

(ホ) 従つて上告人の店舗は戦災直後より昭和二三、四年頃迄は活況を呈し所得も多かつたが昭和二五年頃より急激に商業も不振になり所得率も低下したのである。

(5) 以上の様な特殊事情があるにも関わらずその事が何等考慮せられず、上告人の云う特殊事情は一般小売業者間の共通事情で所得率の適用を妨げるものでないと判断している原判決は不当である。

二、上告人の青色申告を取消した被上告人の決定は正当であると判示しているが、これ又不当である。

上告人が終戦直後より昭和二四年頃までの間儲けた事は第一項に述べた様な特殊事情によるものである。

上告人が青色申告を始めた昭和二五年の始頃までに相当の預金があつた事は前述の事情によるものである。

これを青色申告を始める際一応除いてタンス預金としていたが後銀行のすすめにより家族名義の預金にした事は事実である。

併し商売の運営上運転資金が必要な為め或いは之を流用し、担保にして金を借りるなどする事は当然で、其の都度之を記帳して明確にしてある。

然るに原審に於ては別途預金の動きに対し疑点があるから脱漏利益である。従つて上告人の青色申告は信用し難いから取消されるべきものだと簡単に片づけている。

上告人は原審に毎日伝票に基づき厳密に記帳した帳簿を証拠として提出している。

其の帳簿の記帳に対して何れに脱漏があるか何等の指摘もせず帳簿は信用が出来ぬと判断している事は審理不尽の判決たるを免れぬ。

以上の如く原審判決理由は不備不当であり民事訴訟法第三九条第六号に該当すると思料する。

以上

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